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2007年07月30日
国民を侮った自民党
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昨日、参議院選挙が行われた。今回の投票率は2004年の56.57%を2.07ポイント上回り58.64%であったという。
この選挙は、やる前から自民党の過半数割れ、民主党の勝利がメディアで叫ばれており、案の定、与党自民党・公明党は惨敗、野党第一党である民主党が予想を上回る躍進を遂げた。ではこうも自民党が大敗した理由は何か。
それは年金記録の紛失問題で国民の不信感を払拭することができずにいたことが、最も大きな理由に挙げられる。それと相次ぐ閣僚の辞任で、首相の指導力不足が露呈されたことが大きな原因ではないだろうか。
安倍首相は就任当時、彼独自の政治姿勢で臨んだ。その一つが連合軍総司令部(GHQ)による占領政策の呪縛を脱するため、戦後レジーム(体制)からの離脱を掲げた。それにより古い自民党から新しい自民党に変わると信じ込んでいた。それが内閣、党幹部の刷新と人材の登用であった。
しかし、それもなかなか思うようにいかず、安倍政権は閣僚人事につまづき、度重なる閣僚の失言や不祥事で辞任などを招いたことなどが、安倍政権への国民の批判が集中したことが今回の敗北につながったように思えてならない。
それに対して民主党の小沢代表は年金問題を追い風に、国民生活の重視を立て看板に選挙戦を闘った。そして税金増に喘ぐ国民に、地方格差などへの配慮をスローガンにして差別化をはかった。それが今回の大きな勝因につながった。いみじくも、小沢代表の尊敬する人物である原敬は「政治は力だ。国民の力なくして政治をすることが出来ない」と訴え、日本で初めて政党内閣を誕生させた。
また、同じ岩手県出身の後藤俊平は「政治の倫理化」運動を起こし、政界の浄化をはかった。それに対し、安倍首相の出身地である山口県の元老・山県有朋は力で政権をもぎ取る政治家であった。それが90年経って“剛腕小沢一郎が”平民の立場で戦い、“清潔安倍晋三”が役人や富裕層の立場で戦うという構図はまるで正反対のように思える。
世界の先進国の政治形態のほとんどは二大政党である。日本も以前の自民党対社会党のような二大政党で拮抗した政治を行うことで国民のための素晴らしい政治が出来るのである。
参考資料:産経新聞 時事通信 読売新聞 より
Drの四方山日記(353)
投稿者 drnakashima : 2007年07月30日 18:37
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